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鉄系超伝導体の線材・マグネット応用へ明るい兆し

(平成23年7月29日)
国立大学法人 東京工業大学、財団法人国際超電導産業技術研究センター

{ 新聞発表記事 }

【概要
超伝導体の結晶どうしの粒界の性質は、超伝導線材への応用を図る際に鍵となる。日本学術振興会「最先端研究開発支援プログラム」の一環として、東京工業大学フロンティア研究機構の細野秀雄教授の研究グループは、(財)国際超電導産業技術研究センター超電導工学研究所の田辺圭一副所長の研究グループと共同で、鉄系超伝導体が銅酸化物系よりもかなり優れた結晶粒界の特性を有していることを明らかにし、さらに金属テープ基板上への高性能薄膜の試作に成功した。
 3年前に細野グループが報告した鉄系超伝導体は、現在その最高転移温度が銅酸化物に次ぐ56ケルビン(ゼロケルビン=マイナス摂氏273.15度)に達しており、かつ50~100テスラの大きな上部臨界磁場(用語1)と小さな異方性(用語2)を有すため、高い磁場まで超伝導状態を保つことができることから、銅酸化物を超える大きな磁場を発生するマグネットなどへの線材応用に期待が寄せられている。
 今回、同グループは、パルスレーザー堆積法(用語3)を用いて、バイクリスタル基板(用語4)上に高品質なCo添加BaFe2As2エピタキシャル薄膜(用語5)を作製し、3度から45度の傾角を有するBaFe2As2の傾角粒界(用語6)を人工的に形成した。そして、その傾角粒界が臨界電流密度(用語7)に与える影響を調べたところ、その臨界電流密度が9度の傾角粒界まで維持されることが明らかになった。この9度という臨界角は、例えば現在最も研究が進んでいるY系銅酸化物の値3~7度よりも大きい。また、この臨界角を超えても臨界電流密度が急激に低下しない。これは、鉄系超伝導体の場合は、特性維持のために要求される結晶配向の制約が9度まで許容され、大きく緩和されることを意味する。実際に銅酸化物で近年用いられているものよりも品質の低い薄膜線材用金属テープ基板上に薄膜成長を行ったところ、その粒界特性によって、単結晶基板上と同等の1MA/cm2以上の高い臨界電流密度を示す超伝導薄膜を得ることにも成功した。同じ温度で比較すると、Y系銅酸化物系の臨界温度の方が90ケルビンと高いので、未だ大きな優位性はないが、特性の異方性が小さいこと、磁場に対して強いことに加え、その臨界角が大きいことが明らかになったことで、鉄系超伝導体の特に低温での線材応用に向けたポテンシャルの高さが見えてきた。
 本成果は、8月3日(現地(ロンドン):8月2日)に「Nature Communications」に掲載される。

 研究背景
 超伝導とは、ある転移温度以下で電気抵抗がゼロになる現象である。その電気抵抗がゼロになるという特長を生かして、将来の送電ケーブル等の電力応用や高磁場マグネット応用を目指した研究が世界的に行われており、より高い転移温度でかつより高い臨界電流密度を示す超伝導物質の探索研究が長年続けられている。細野教授らの研究グループは、2008年2月に、鉄(Fe)を含むオキシニクタイド化合物LaFeAsO(La:ランタン、O:酸素、As:ヒ素)が26ケルビンと高い温度で超伝導を示すことを発見した。その直後、同グループは応用を目指した薄膜研究にもいち早く注力し、LaFeAsO、SrFe2As2(Sr:ストロンチウム)、BaFe2As2(Ba:バリウム)のエピタキシャル薄膜の作製を世界に先駆けて報告し、昨年は高品質化したCo添加BaFe2As2(Co:コバルト)エピタキシャル薄膜を使って、鉄系超伝導薄膜では初めてとなるジョセフソン接合素子(用語8)と超伝導量子干渉素子(用語9)の作製に成功してきた。  鉄系超伝導体は、その発見直後、磁性元素である鉄を含むにもかかわらず、ヒ素と組み合わさることで高い温度で超伝導を示すという意外性に注目が集まった。その後の研究で50テスラを優に超える大きな上部臨界磁場と非常に小さな異方性(γ=1~2)とが明らかとなり、高磁場で強く、高性能な線材への応用が期待されている。
 そこで、線材応用を目指した研究がパウダーインチューブ法という手法を用いたワイヤー試作によってなされてきているが、現在のところ最高で0.01MA/cm2程度の臨界電流密度までしか得られていない。しかしながら、同グループでは昨年パルスレーザー堆積法を用いてCo添加BaFe2As2エピタキシャル薄膜の高品質化に取り組み、1MA/cm2を超える臨界電流密度を単結晶基板上に直接成長させることにより実現した。同レベルの特性を有する薄膜は世界的に見ても現在のところ同グループ以外に2グループでしか作製することができず、また、薄膜-基板間に緩衝層を用いることなく、絶縁性の単結晶基板上に直接成長させることができるのは現在のところ本グループのみである。
  線材応用を目指した研究を行う際に最も重要な点は、その対象物質の粒界特性である。Y系銅酸化物の場合は、その粒界が形成する傾角が3~7度を超えると急激に臨界電流密度が減少し始める。そのことから、その結晶配向度を約5度以下に抑制するために、面内配向制御が必須となっており、高コスト化・製作の長時間化の原因となっている。鉄系超伝導体の線材応用を目指すために、その粒界特性を明らかにすることはY系銅酸化物と同様急務であり、その異方性が小さいことから銅酸化物よりも良好な特性が期待されてきた。それらに関連する報告はこれまで一例しか無く、それによれば鉄系超伝導体は銅酸化物と類似の粒界特性を有するとされているのみであり、鉄系超伝導体の粒界特性の優位性および1MA/cm2を超える薄膜線材の試作の報告はどこからもなされていなかった。

 研究成果
 本研究では、これまでに最適化してきたパルスレーザー堆積法を用いることによって、MgO(Mg:マグネシウム)と(La, Sr) (Al, Ta)O3(略してLSAT; Al:アルミニウム、Ta:タンタル)のバイクリスタル基板上に、高品質Co添加BaFe2As2薄膜を作製した。そして粒界特性を調査するため、傾角粒界を介する部分にブリッジ構造(傾角粒界接合)を作製し(図1)、電流-電圧特性からその傾角粒界における臨界電流密度を調査した(図2)。その結果、臨界電流密度は9度の傾角(図2中矢印の位置)まで1MA/cm2以上の高い値を保持することが明らかとなった。この臨界角9度という値は、銅酸化物の代表例であるYBCOの臨界角(3~7度)より大きい。また、その高い傾角側で臨界電流密度が減少する割合にも銅酸化物と違いがあることがわかる(赤線と青線)。その結果、30度以上の大傾角粒界においては、4ケルビンにおいて銅酸化物を凌ぐ臨界電流密度を有することがわかった。
 形成した小傾角粒界と大傾角粒界の微細構造も調査した(図3)。上記臨界角以下の小傾角粒界の場合(図3a)、非常に急峻な常伝導転移が観察され、電子顕微鏡像には傾角粒界に周期的な転位が見られた。これは傾角粒界の傾角から予想される周期と一致した。ところが、大傾角粒界の場合は(図3b)、ジョセフソン素子として傾角粒界接合が動作することで、電流-電圧特性の形状が変わり、またマイクロ波照射で電流ステップ(シャピロステップと呼ばれる)が観察された。また、この大傾角粒界の場合は電子顕微鏡像に転位が一切観察されなかった。その理由はその傾角から予想される転位間隔がBaFe2As2の格子定数とほぼ一致するためである。以上の微細構造観察と組成分析を併用して吟味した結果、本研究で作製したバイクリスタル基板上のCo添加BaFe2As2薄膜の傾角粒界部には不純物の析出は一切無く、利用したバイクリスタル基板の傾角に対して、非常に理想的なBaFe2As2の傾角粒界接合が形成されていることが明らかとなった。
  以上の結果を得て、鉄系超伝導体は銅酸化物よりも高い臨界角を有することから、薄膜線材にする際には、かなり低いスペックである9度以下の配向度をもつテープ基板でよいことを示唆している。そこで、実際に5度以上の面内配向度を有する金属テープ基板上(米国 ロスアラモス国立研究所のマティアス博士の研究グループ提供)に、同じパルスレーザー堆積法を用いてCo添加BaFe2As2薄膜を作製し、その超伝導特性(抵抗率と臨界電流密度)を評価した(図4)。単結晶基板上の試料と比較して超伝導転移の温度幅が広いことがわかる。これは柔らかい金属テープ基板の場合は薄膜成長時の加熱が不均一になり膜組成に不均一が生じているためと思われる。しかしながら、その臨界電流密度はどれも単結晶上の試料と同等の1 MA/cm2を超える高い値(最大3.5 MA/cm2)を示した。この結果により、鉄系超伝導体は、面内配向度が9度以下の基板を使えば、高い臨界電流密度を示す薄膜線材の作製が可能であることが実証された。

 波及効果
1. 学術面
 線材への応用を図る際にキーとなる結晶どうしの傾角粒界において、異方性が小さい鉄系超伝導体の本質的な優位性が明らかになったことで、今後この傾角粒界の微細構造や歪みの詳細な解析等が進んでいくであろう。そして、今後さらなる高い臨界電流密度を得るために、鉄系超伝導体に最適な人工ピンの探索と効果的な導入方法などの研究が加速していくと思われる。
2. 応用面
 臨界角9度という値は銅酸化物系超伝導体の場合の約2倍の大きさであり、金属テープ基板を製作する際に、その制約を大幅に軽減する。このことは鉄系超伝導体の薄膜線材の低コスト化につながる。これらの線材は、特に低温で強い磁場を発生するマグネットへの応用が期待される。

 付記
 本研究は、総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラムにより、独立行政法人日本学術振興会を通して助成されたものである。

 【用語解説】
1. 上部臨界磁場
第二種超伝導体が外部からの磁束進入により超伝導が完全に壊れてしまう外部磁場の値

2. 異方性
一般的に上部臨界磁場の結晶方位による違いで定義される。超伝導特性の結晶方位の違いによる有効質量の比でγ(ガンマ)と表記される。鉄系超伝導体は通常γ=1~2程度で大きいものでも10程度であるが、銅酸化物系では、この値は
10以上で、100を超えるものも存在する。

3. パルスレーザー堆積法
パルス状のレーザー光を、ある一定の間隔でターゲット材料に照射することで、ターゲットから原子(分子)の引き剥がし(アブレーション)を行い、ターゲットに対向する基板上に薄膜を形成する成膜方法

4. バイクリスタル基板
二つの単結晶をある一定の傾斜角度(傾角)で接合した基板。接合部には一定の傾角をもつ傾角粒界(用語6)が形成される

5. エピタキシャル薄膜
基板となる結晶と特定の結晶学的方位関係を保ちつつ、堆積成長させた薄膜

6. 傾角粒界
結晶のある一つの方位がそれぞれ一定の角度の違いをもつ粒界

7. 臨界電流密度
超伝導状態で流すことのできる面積あたりの最大の電流密度(※超伝導体はこの臨界電流密度以上の電流によって発生する内部磁場によって、ゼロ抵抗を示せなくなる)

8. ジョセフソン接合素子
2つの超伝導体を絶縁体や常伝導金属薄膜を介して接合した素子。電流を流し、ある電流値を超えると2つの超伝導体間に電圧が発生し、その電圧に比例した周波数の振動電流が発生する。この素子を応用した単一磁束量子(Single Flux Quantum: SFQ)素子は、シリコン半導体素子より桁違いに高速かつ低電力消費のスイッチングが可能であり、次世代のハイエンドコンピュータへの応用が期待されている。

9. 超伝導量子干渉素子
SQUID(Superconducting QUantum Interference Device)とも呼ばれる。ジョセフソン接合を用いた素子であり、地磁気の100億分の1程度の微小な磁場までの検出が可能。

 【論文名、掲載誌および著者】
1. Advantageous grain boundaries of iron pnictide superconductors
(和訳:鉄ニクタイド超伝導体の有利な結晶粒界)
掲載誌: Nature Communications, Vol. 2, p. 409 (2011).
著者:Takayoshi Katase, Yoshihiro Ishimaru, Akira Tsukamoto, Hidenori Hiramatsu, Toshio Kamiya, Keiichi Tanabe, and Hideo Hosono

2. Biaxially textured cobalt-doped BaFe2As2 films with high critical current density over 1 MA/cm2 on MgO-buffered metal-tape flexible substrates
(和訳:MgOをコートした金属テープフレキシブル基板上に作製された1MA/cm2以上の臨界電流密度を有する2軸配向したCo添加BaFe2As2薄膜)
掲載誌: Applied Physics Letters, Vol. 98, p. 242510 (2011).
著者:Takayoshi Katase, Hidenori Hiramatsu, Vladimir Matias, Chris Sheehan, Yoshihiro Ishimaru, Toshio Kamiya, Keiichi Tanabe, and Hideo Hosono

 【問い合わせ先】
 細野 秀雄(ホソノ ヒデオ)
  東京工業大学フロンティア研究機構
  TEL 045-924-5359 または 5009
  電子メール hosono@msl.titech.ac.jp

 田辺 圭一(タナベ ケイイチ)
  (財)国際超電導産業技術研究センター超電導工学研究所
  TEL 03-3536-0617
  電子メール tanabe@istec.or.jp

 【記者発表に関するお問い合わせ先】
東京工業大学広報センター
TEL: 03-5734-2971,2975,2976
FAX: 03-5734-3661
E-mail: hyo.kou.sya@jim.titech.ac.jp

図-1

図1: バイクリスタル基板上に作製したCo添加BaFe2As2エピタキシャル薄膜に、電流-電圧特性を評価するためのブッリジ構造(傾角粒界接合)を形成。ピンク色の線がバイクリスタル基板の傾角粒界部で、上図はそこを介して形成される傾角粒界接合の拡大図。

図-2

図2: (a)傾角粒界接合における臨界電流密度の傾角依存性 (b) 傾角粒界接合と粒内ブリッジ(傾角粒界を含まない部分)との比。MgO、LSAT両方の傾角粒界接合で同様の傾向が観察され、図中矢印の臨界角9度の傾角までその1 MA/cm2を超える臨界電流密度が維持されることが明らかとなった。この臨界角は銅系酸化物(3~7度)より大きい。

図-3

図3: (a) 4度の傾角を有する傾角粒界接合の12ケルビンにおける電流-電圧特性(左)と傾角粒界の電子顕微鏡像(右)。シャープな常伝導転移と周期的な転位(右図中矢印)が観察されている。その転位の間隔は、5ナノメートル(200万分の1センチメートルに相当)で傾角から予想される距離と一致する。(b) 45度の傾角を有する場合。12ケルビンにおける電流-電圧特性(左)はジョセフソン電流が支配的となり形状が変化する。またこの場合は電子顕微鏡像に転位は観察されない。この45度傾角粒界接合の電流-電圧測定(測定温度16ケルビン)では、2ギガヘルツのマイクロ波照射下でシャピロステップと呼ばれる周期的な電流ステップが観察され、ジョセフソン接合として動作していることがわかる。

図-4

図4: 5度以上の面内配向度をもつ金属テープ基板上に形成されたCo添加BaFe2As2薄膜の超伝導特性(赤)。比較のために単結晶上の試料の特性(青)も示した。挿入図は用いた金属テープ基板の面内配向度とCo添加BaFe2As2薄膜の2ケルビンにおける電流密度-電圧特性。その試料もすべて1 MA/cm2以上(最大3.5 MA/cm2)と、単結晶基板上の薄膜と同等の臨界電流密度を有している。